『ゼニの人間学 (ロング新書)』の読書ノートリスト
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- このあいだ、某都市銀行の支店長が、僕の家に挨拶に来て、 「ぜひ当座預金取引をしてください」 と頭をさげた。 僕が仕入れるのは、漫画を描くケント紙とインク代だけで、当座預金の口座を開設しても、小切手や手形を切る必要などさらさらない。僕としてはどっちでもよかったのだが、大の男がせっかく頼みにきたのだから、当座預金取引をすることにした。 そのとき、ちょっとおもしろいネタを思いついたので、支店長にたずねてみた。 「もしも僕が百兆円の手形を切ったら、あんたのとこ、どないなるんや?」 支店長のやつ、顔がひきつって、口の端がピクピク痙攣した。 「そんなことされたら、パニックです。どうにもこうにもなりません。うちの資金量は金庫全部さらえても四十兆円しかあらへんのです。そんな目茶苦茶なことされたら……」 ビビってしもて、支店長は声がふるえとった。 「おもしろいさかい、シャレでいっぺん切ったろと思うんやけどな、百兆円の手形」 支店長のやつ、挨拶もそこそこに、あわてて帰ってしまいよった。 百兆円の約束手形など、僕がいくら切っても、不渡りになるにきまっている。僕の当座預金口座に、もちろん百兆円のゼニはない。最初からカラ手形である。でも不渡りになるだけで僕は罪に問われることはない。手形法とはそういうもんや。 じつはこれはかなりおもしろい事態が引き起こせるイタズラである。日本経済の根幹がまさに大パニックに陥ってしまうのだ。 手形は各地に設けられている手形交換所で交換される。交換所では、いろいろな銀行が集まって、持ち寄った手形や小切手を交換し、その差額で決済する。 仮に、僕がA銀行を支払い場所にした百兆円の約束手形を切って、友だちかだれかに渡したとする。受け取った人間は、自分が取り引きしているB銀行にその手形を持ち込む。 A銀行とB銀行は、手形交換所で、持ち寄った手形や小切手の差額をやりとりするわけだ。通常、その差額は、せいぜい数億円か数十億円だろう。 手形事故が起こるのは、A銀行がその手形を、支払い場所になっている自分の支店に持ちかえってからだ。そこではじめて振出人の当座預金残高の不足がわかる。 つまり、A銀行は、僕の百兆円の約束手形が不渡りになるのがわかっていても、交換所で、百兆円の手形と引き換えに、同額のゼニをB銀行に支払わなければならない。手形の持参人は、善意の第三者だから、B銀行が手形の受け取りを拒否するわけにもいかない。 これはパニックや。 手形を交換したA銀行とB銀行は、日本銀行にもっている当座預金口座の数字をやりとりして決済するのだが、大手の都市銀行でも百兆円の当座預金などはない。合併で誕生した東京三菱UFJ銀行がいくら世界でトップだといばっても、預金総額は六十兆円。日本全国どこを探しても百兆円のまとまったゼニはない。日本の国家予算だって、八十兆円にすぎない。それでも、A銀行はB銀行に百兆円のゼニを支払う義務がある。 当座預金の残高が不足していたら、百兆円は現金で用意しなければならない。 パニックやで、ほんまに。 (P.12~)(続きを読む)
K_Tousyoku さん(2012/11/26 作成)