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『毒婦。 木嶋佳苗100日裁判傍聴記』からの引用(抜き書き)読書ノート

引用(抜き書き)毒婦。 木嶋佳苗100日裁判傍聴記』の読書ノート作成者:masudakotaro さん

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頭がフラフラになりながら,田舎に帰ろうと首都高を歩いてしまったM氏や,1泊10万円のリッツ・カールトンをプレゼントするK氏ら,騙された男性たちをピュアだ,純粋だ,気の毒だという声もある。確かに気の毒だと思った。(中略)でも,私には公判が始まって以来,頭の隅のどこかで考えてしまうことがある。もし,これが男女逆だったら?考えても仕方ない前提が,何度も頭に浮かぶ。初対面の男とホテルに行く女性や,男の家にすぐあがる女性や,婚活サイトで男を探す女に,世間は“ピュア”と言うだろうか。ラブホテルで睡眠薬を飲まされた女を“純情”と言うだろうか。「被害者にも落ち度があった」という聞きなれた声がもっと飛び交うんじゃないか。

安藤さんの事件に切り替わった次の日,佳苗は靴を新調した。通常,被告人は走って逃げられないよう,スリッパを履く。佳苗もこれまでは,黒のスリッパを履いていた。ところがこの日,佳苗の足元はスリッパではなく,5センチヒールのサンダルだったのだ。黒いメッシュの先から,つま先がのぞいている。「あんなの初めて観た」。隣に座ったベテラン記者が驚いていた。午前と午後で服を変えたり,前髪を切ってきたり,唇をつやつやさせたり,旨が大きく開く華やかな服を着てきたり・・・・と,この手の“伝説”を次々つくる佳苗を,「ふてぶてしい」と言う人は多い。確かに,被告人席に座っているのにおどおどした様子はなく,感情的にはしごく安定していて,表情を一切変えない佳苗は“ふてぶてしい”のかもしれない。それでも私には,ふてぶてしいというより,佳苗が他人からの同情を拒否しているように見える。

新しいサンダルを履いた日,佳苗の足下が見える席で傍聴した。佳苗は机の下でつま先を立て,足を床から数センチ浮かし,足首をひねったりしていた。え?まさか美脚づくり?佳苗の足首は締まっているなぁ,と思っていたけれど・・・。試しに佳苗と同じ動作を私もしてみた。数秒で疲れて諦めた。もしかしてこの人は,“つまらない”審理の時,ずっとこうやって足を浮かせ続けてきたのではないないだろうか。キュッとしまった足首に釘付けになった。

男は佳苗が不美人故にこの事件に関心を持たないが,女は佳苗が不美人だからこそ,関心を持つのかもしれない。

この社会に生きていれば,不美人であることの不遇を,女は痛いほど感じている。女は,男のようにブスを笑えない。自分がブスだ,と自虐はしても,他人のブスは笑わない。それは天につばするようなものだから。そんな社会で,佳苗は軽々と“ブス”を超えたように見えるのかもしれない。容姿を自虐することもなく,卑屈になることもなく,常に堂々と振る舞う佳苗。不美人を笑う男たちを嘲笑うように利用したのは,不美人の佳苗だ。そこに女は,佳苗の新しさを見る。

2月17日,第23回公判。木嶋佳苗本人が証言台に立った。この日に着ようと取っておいたのだろう。初めて見る黒のシックなワンピースに,白いカーディガン。胸元の開きは,いつもより狭めだ。(中略)冒頭で「殺していません」と否認した佳苗の声は,美声,であった。“鈴を転がすような声”とは,こういう声を言うのかもしれない。あいうえお,と佳苗が言うとそれは,ああん,いひん,うふんと聞こえるはずだ。そのセクシーな声で手際よく語る調子は耳に優しく,自然に引き込まれてしまう。

「男性たちには褒められました。具体的には,テクニックというよりは,本来持っている機能が,普通の女性より高いということで,褒めて下さる男性は多かったです」

「(彼がいるのに)他の男性とセックスすることを,裏切りとは思わなかったのか?」という問いには,ああそれね?って感じでこう答えていた。「そういう価値観は,持っていませんでした」

佳苗はデパート内のスーパーでバターや蜂蜜など,道警7万円もの買い物をしていた。検事は「値札を見ないのか!?」と声を荒げたが,「ふだんからお買い物をする時,値段を気にしたことはありませんでした」と佳苗は言い放った。

冷静に男性たちのルックスを評価し,結婚する気はなかった,と淡々と話す佳苗。後の検察側の被告人質問の時,ある男性と泊まったホテルに別の男性とも泊まったことについて,若い男性検事が呆れたように聞いたことが忘れられない。「抵抗はないんですか?」。その時,佳苗はサラリとこう答えたのだった。「何に抵抗を感じるのか分かりません」。男は純情の名の下にお金を出し,愛を求め,手料理を求め,セックスを求めてくる。佳苗のドライさと合理性に,純情が敵うわけがない。
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