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『別海から来た女――木嶋佳苗 悪魔祓いの百日裁判』からの引用(抜き書き)読書ノート

引用(抜き書き)別海から来た女――木嶋佳苗 悪魔祓いの百日裁判』の読書ノート作成者:masudakotaro さん

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【5 仕事のように続く犯罪】
木嶋最後の意見陳述。
「今回の裁判では,いままでの人生を振り返って,自分の価値観が間違っていたということに気づかされました。数多くのウソをついてきたことに対して,本当に深く反省しています。ずっと毎日,弁護士さんとかとお話ししていくなかで,自分の生き方や考え方が間違っていることに気づかされました。今日まで弁護活動を続けてくださって,私のいたらなさからご迷惑ばかりおかけしたにもかかわらず,今日まで支えてお守りくださったことをたいへんありがたく思っています。今回学んだことをこれから強く噛みしめて,生き直したいと思います。ただし私は,寺田さん,安藤さん,大出さんを殺害していません。以上です」

木嶋は最終弁論の場を,自分が犯した罪を殊勝に反省する場に見せかけて,自分の再生と復活を力強く宣言する場に変えてしまった。

【6 死刑判決】
木嶋はたぶん犯罪なしには生きる歓びを感じられない種類の人間である。しかし,こういう女と付き合った男が多数いるのだから,木嶋ばかりが異常というわけではない。

この事件の裁判を傍聴して痛感するのは,ブログやメールなどヴァーチャルな世界における饒舌さに比べ,リアルな世界での会話が極めて貧困なことである。

突飛な譬えをすれば,この事件におけるインターネットはゴキブリホイホイのようなものかもしれない。木嶋が独身シニアホイホイという罠をインターネット上に仕掛けたから,デジタル世界に仕組まれた色香に惑わされた男たちがぞろぞろ這いこんできた。

殺された三人には申し訳ないが,彼らにもう少し女性に対する抵抗力や,人間を見る洞察力があれば,最悪の結果だけは免れたような気がする。

この事件はそれと同時に,“妹の力”の偉大さも教えてくれた。木嶋の魔手から危うく難を逃れることができたのは,決まって姉や母が木嶋を見て出す“警戒警報”のおかげだったからである。

判決文が起訴状や検察側の冒頭陳述と何ら変わらないとすれば,何のために審理に百日もかけたのかわからなくなってくる。

三十五回の公判を通じて各事件には,証拠の濃淡があったはずである。とりわけ「東京事件」の寺田のマンションの合鍵問題は,まったく解明されないままだった。市民感覚を取り入れるために始まった裁判員制度ならば,ふつう疑問をさしはさむところだが,そうした市民の常識が,この判決文にはまったく反映されていなかった。とりわけ三件の殺害事件の「判断と検討」の中に頻出する「被告人の他には見当たらない」「優に認められる」「失火で説明するのは困難」といった独断的な文言は,裁判官失格と言われても仕方がない。「優に認められる」で有罪にされたのではたまったものではない。判決文は右陪席の裁判官が書く通例通りなら,これを書いたのはおそらく,木嶋が“名器”などの臆面もない発言をする度,眉をひそませていた東大出の美人裁判官である。二十八歳という彼女の年齢を,それこそこの判決文に頻繁に出てくる「合わせ考慮すると」,仕方ないとも言えるが,「量刑の理由」の最後の,「被告人は,当公判艇において独自の価値観を前提に不合理な弁解に終始するばかりか,各被害者を貶める発言を繰り返すなど,真摯な反省や改悛の情は一切うかがえないことも合わせ考慮すると,被告人の刑事責任は誠に重大である」という文章は,あまりにも感情的に過ぎる。彼女は木嶋佳苗が大嫌いなのだろうが,それと判決とは別問題である。気持ちはわからないではないが,今後の裁判員裁判制度を考えると,もやもやしたものが残った。

ところが次の質問者が,「百日裁判を終えたいまの率直な気持ちを教えてください」と,どうでもいい質問をして,二十七歳の男性裁判員が言った答えを聞いて頭が真っ白になった。
「達成感がありました」
いくら凶悪な犯罪者とはいえ,人間一人を死刑台に贈り込んでおいて,「達成感がありました」はあるまい。

百日もかけたこの裁判員裁判で,木嶋佳苗の真実は見えてきただろうか。

それ一つとっても,われわれが知りたい真実は,すべて曖昧模糊たる木嶋佳苗ワールドに滑り込んでいってしまうのである。
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