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『楽園への道 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-2)』からの引用(抜き書き)読書ノートリスト

引用(抜き書き)『楽園への道 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-2)』の読書ノートリスト

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  • けれども、今、距離を置いて、壮大な眺めが広がっている「愉しみの家」で思い返してみると、激しやすく子供っぽくて、病人が命を救ってくれる医師に頼るように、おまえに頼りきっていた、その狂ったオランダ人は無防備なほどお人好しで、このうえなく寛容だった。人を妬まず、恨みもせず、謙虚に身も心も芸術に捧げて物乞いのような生活をしながら、そのことを全く気にかけていなかった。極度に感じやすく、妄想に取りつかれていたフィンセントは、あらゆる形の幸せから遠ざけられているようにポールには思えた。彼は漂流者が板切れにつかまるようにおまえにしがみつき、ジャングルの中で生き延びる方法を教えてくれる賢者か猛者のようにおまえを信じ切っていた。それほど大きな責任をおまえに課したのだよ、ポール。フィンセントは、芸術にも、色彩にも、絵にも精通していたが、人生については何もわかっていなかった。だから彼はいつも不幸だったのだ。だから狂って、三十七歳の若さで腹にピストルの弾を撃ち込んで死んでしまったのだ。それなのに軽薄な奴らが、パリの暇人どもらが、フィンセントの悲劇をおまえのせいにするなんて、なんて不当なことだろう。アルルで共同生活をしていた二か月のあいだにも、おまえはもう少しで気が狂ってしまいそうだったし、そのうえ、オランダ人画家によって殺されそうだったのに。 P325(続きを読む
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haruga6さん
haruga6 さん(2012/12/07 作成)
  • 描き終えたとき、おまえは何夜も徹夜して、寝室のほの暗いランプの明かりで友人たちに手紙を書いた。その中でおまえは、とうとうあの平凡な人々の田舎風で迷信深い純真さに迫ることができた、彼らは自分の簡素な生活と古くからの信仰の中で、現実と夢、事実と幻想、実際に見えるものと幻影との区別ができないようだ、と書いていた。シュフや狂ったオランダ人に対しては、『説教のあとの幻影』はリアリズムを爆破していて、芸術は自然界を模倣することなく、夢を通して直接肌で感じる生活を抽象化し、神の行為ーー創造することーーをしながら、神という模範に従っていく時代を創始したものである、と断言していた。これは芸術家の義務であるーー模倣するのではなく、創造すること。今後、芸術家は奴隷のような束縛から自由になって、現実とは異なる世界を創造するために、いかなることにも挑むことができるだろう。 P284(続きを読む
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    haruga6さん
    haruga6 さん(2012/12/07 作成)
  • 熱い議論が飛び交う会議は夜遅くまで長引くこともあったが、フローラを困惑させたのは彼女が提案した大きなテーマーー老人や病人、事故にあった労働者のためのユニオン殿堂、すべての人が無料で受け取ることのできる教育、働く権利、国民の擁護などーーについて討論しないで、取るに足りないことや陳腐なこと、ばかばかしいことに時間を費やしていることだった。おさだまりのごとくある労働者が、あなたは本の中で「子供たちにパンを買うべき金を酒場に行って飲んで浪費してしまっている」と書いて労働者たちを批判していると、フローラを非難した。また、サン=マルタン通りに近いジャン=オーベールの袋小路にある屋根裏部屋での集会で、ロリーという名の大工が、フローラにふいに言い出した。「ブルジョワを前に労働者の悪癖を暴き立てるなんて、あなたはとんでもない裏切り行為を犯しましたよ」フローラはかれに答えた。偽善や嘘がいつもブルジョワの武器であるように、真実はプロレタリアの一番の武器であるべきだ、と。何と言われても言いたい人には言わせせておこう。悪癖は悪癖だし、粗野なことは粗野、と彼女は言い続けるだろう。 P455~P456(続きを読む
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    haruga6さん
    haruga6 さん(2012/12/08 作成)
  • だからおまえはひまわりに囲まれているフィンセントを描いたのだ。その絵にはーーどのように見てもーーフィンセントが自分の絵に描きこんでいた生き生きした光はなかった。その反対に、どちらかといえばくすんでいて艶がなかった。その作品の中では、花も画家も輪郭をぼかしてぼんやりと周りに溶け込んでいた。しっかりと輪郭を描かれた人物というより、フィンセントはひとつの彫像で、耐えられないほど緊張してこわばっている剥製のようなマネキン人形で、今にも爆発しそうな火山男だった。とりわけ絵筆を握る硬直した右腕は、絵を描きつづけるためにしなければならない非人間的な努力を示していた。それらすべては、しかめた顔に、「俺は描いていはいない、自分を生贄にしているのだ」と言っているかのような、困惑気味の視線に集約されていた。フィンセントはその肖像画がまったく気に入らなかった。それをポールが見せると、フィンセントは青ざめて下唇を噛みしめ、不快なときに出てくるチック症状を見せながら、しばらく眺めていた、そして最後にこうつぶやいた。「そうだよ、これが俺だよ。でも狂っているね」 P335-336(続きを読む
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    haruga6さん
    haruga6 さん(2012/12/08 作成)
  • フローラはよく眠れなかった。彼女はフリーメイソンの集会所で起こったことに失望していたし、ブルジョワに対して労働者に歩み寄るよう熱心に働きかけもしないで、侮辱したいと思う衝動を抑えきれなかったことを後悔していた。おまえは逆上する性格だね、フロリータ。四十一歳にもなってまだおまえは激情を抑えられないのだね。だが、その反抗的な精神と癇癪の破裂のおかげで、おまえは自由を保ち続けてこられたし、また自由を失うたびに取り戻せたのだった。 P88(続きを読む
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    haruga6さん
    haruga6 さん(2012/12/07 作成)
  • 口論は夜明けまで続いた。おまえは言い争ってもすぐに忘れるたちだったね、ポール。けれどもフィンセントはそうではなかった。彼はいつまでも青ざめたままでひどく不安そうで、何日もそのことについてぶつぶつ文句を言っていた。狂ったオランダ人にとって重要でない、どうでもいいものは何一つなかった。すべてが生存の神経中枢に触れ、神、生、死、狂気、芸術など大きな課題に結び付けられていた。 P327(続きを読む
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    haruga6さん
    haruga6 さん(2012/12/07 作成)
  • 長いあいだ、アブサン酒をちびちび飲みながら、フィンセントはときにはおまえの理解を超えるようなことを話した。けれども、夜明けにフィンセントが、目に涙をためてうめくようにして言った言葉を、おまえは理解したし、けっして忘れはしなかった。 「自分の絵が人々に精神的な慰めを与えられたら、と俺は思っているんだよ、ポール。キリストの言葉が人々に慰めを与えたようにな。古典絵画では『光輪』は永遠を意味していた。その『光輪』とは今、俺が絵の中で色彩の放射と振動とで取り戻そうとしているものなんだ」 ポール、おまえには彼の絵で使われている色彩が暴力的で度を越していると思えて、その花火のような眼をくらませる光景が好きではなかったが、それからは、以前よりも敬意を払っていたね。狂ったオランダ人には、おまえの背筋を時にぞくっとさせるような殉教者のような資質があった。 P329(続きを読む
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    haruga6さん
    haruga6 さん(2012/12/07 作成)
  • その花々にはどこか神々しい天球の炎めいたものが感じられ、フィンセントがそうしたように、もし心をこめてじっと観察したならば、「光輪」が花々を取り巻いているのがわかった。彼はひまわりを描きながら、正真正銘のひまわりでありながら、トーチや大燭台でもあるように努力していた。 P335(続きを読む
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    haruga6さん
    haruga6 さん(2012/12/08 作成)
  • フィンセントは、ポールが気に入るように、新しい家で絵を描きたい気分になるようにと細部にいたるまで気を配りながら、夢中になって昼も夜も働いて、その家にペンキを塗り、家具を入れ、飾り付けをし、壁を絵で埋めていた。 けれどもお前には「黄色い家」は居心地がよくなかったね、ポール。というよりも、視線を移すとどこからも攻撃的に襲ってくる、まぶしくてくらくらする色彩の洪水に気分が悪くなった。またフィンセントが心遣いをしながら、またへつらいながらおまえを迎え、おまえにいい印象を与えようとして「黄色い家」で彼がやったことを誇示しながら案内し、それらがおまえに気に入ってもらえたかどうかを知ろうとやきもきしているのも、居心地が悪かった。実際、その家はおまえに警戒心を抱かせ、なにか圧迫感を与えた。フィンセントは過剰ともいえるほど愛情にあふれ、親切だったので、おまえは最初の日から、この手の人間はおまえの自由を束縛することになるのではないか、そして自分の生活というものがなくなってしまうのではないか、フィンセントがおまえの生活に入り込んできて、愛情いっぱいの看守人となるのではないか、と感じ始めていた。おまえのように自由な人間にとって、この「黄色い家」は監獄になる可能性があった。 P324(続きを読む
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    haruga6さん
    haruga6 さん(2012/12/07 作成)
  • おまえがおまえが狂ったオランダ人に感謝しなければならないとしたら、彼が初めて、おまえの関心をポリネシアに向けてくれたことだ。彼が手に入れ、気に入っていた小説、フランス商船の高級船員ピエール・ロティの『ロティの結婚』のおかげだった。その小説はタヒチが舞台で、そこでは美しく肥沃な自然の中、人々は自由で健全で、偏見も悪意もなく、自然のまま本能のまま快楽に身を委ねながら暮らしていて、野性的な情熱と活力に満ちた、削減する前の地上の楽園だった。人生に矛盾なんてよくあることだよ、ちがうかね、コケ。文明が西洋社会から取り除いてしまった根源的、宗教的な力を求めて、金銭が支配する頽廃したヨーロッパから、エキゾティックな世界へ逃れることを夢見ていたのは、フィンセントだった。けれども彼はヨーロッパの監獄から逃げ出すことはできなかった。それに対して、おまえはタヒチに行ったし、今はマルキーズ諸島まで屋ってきて、狂ったオランダ人が夢みたものを現実にしようとしていた。 「喜んでくれよ。おまえの夢を叶えてやったよ、フィンセント」とコケは声を張り上げて叫んだ。「ほら、ここに『愉しみの家』ができたよ。おまえはアルルで俺の人生をひどく狂わせやがったが、憧れのオルガスムスの家だ。俺たちが考えていたようなものにはならなかったけどね。おい、わかったか、フィンセント」 P328(続きを読む
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    haruga6 さん(2012/12/07 作成)
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