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『文学・評論』関連の引用(抜き書き)読書ノートリスト

引用(抜き書き)『文学・評論』関連の読書ノートリスト

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  • ヴェネツィアが燃えた日 世界一美しい街の、世界一怪しい人々
    フェニーチェでは、オペラの上演中も客席の照明が完全に消されることはなかった。照明は仄暗い状態が保たれたため、観客は上演中も周囲の彫像を見ることができたんだ。そのとき、彫像は観客の同伴者になった。たとえ劇場に一人で出かけたとしても、周囲の彫像が観劇の相手になってくれたのさ。こういう関係を、現代のモダンな劇場は一切顧慮しない。焦点はひたすら舞台にあって、そこで演じられているものこそが神聖なんだ。観客は静寂を保って、じっと見入らなければならない。現代の劇場は無味無臭の場所であって、優秀な音響効果と、見晴らしのよさは保っていても、温かみのある場内の装飾が一切ない。そこにはもはや共に観劇を楽しんでくれる相手がいないんだよ。 P131(続きを読む)
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    haruga6さん
    haruga6 さん(2012/11/19 作成)
  • 謎解きはディナーのあとで
    お嬢様の場かさ加減と執事の推理力。(続きを読む)
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    momijiteiさん
    momijitei さん(2013/04/14 作成)
  • 桜の首飾り

    桜の首飾り の引用ノート

    千早 茜 / 実業之日本社

    けれど、今のところ老いとは、見えないものが増えていくことのように感じる。それは、肉体的には細かい字だったり、看板だったり、精神的には一般常識だったり、自分自身だったり、他人の感情だったりしているようだった。まるで、どんどんせばまっていく透明の箱に閉じ込められているように見えた。いつかそれが自分にも訪れるかと思うと、空っぽの胃袋みたいなすうすうした気分になった。(続きを読む)
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    marie1127さん
    marie1127 さん(2013/12/18 作成)
  • 対岸の彼女 (文春文庫)
     あかりを見ていると、あまりにも自分に似ていて驚くことがある。だれかと遊びたいと思っても、無邪気に仲間に入っていくことができず、片隅でいじいじと声をかけられるのを待っている。けれどそんな姿に気づく子どもは少なくて、顔を上げれば子どもたちはみんなどこかへいってしまっている。あかりの目線を追っているつもりが、いつのまにか自分の目線になっている。公園のママ仲間になじむことのできなかった自分の。そう気づくたび、あかりに対して申し訳ない気持ちになる。だれかれに屈託なく話しかけて、派閥など気づかないふりのできる、マイペースで陽気な母親だったら、あかりもそんな子どもになるだろうにと思ってしまうのだ。(続きを読む)
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    itokoさん
    itoko さん(2012/10/26 作成)
  • 夜になるまえに

    夜になるまえに の引用ノート

    レイナルド アレナス / 国書刊行会

    マイアミに着いたときぼくはいくつか声明を出したが、人にはあまり気に入られなかったと思う。「キューバが地獄なら、マイアミは煉獄です」と言ったからだ。 P378(続きを読む)
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    haruga6さん
    haruga6 さん(2013/08/21 作成)
  • 桜の首飾り

    桜の首飾り の引用ノート

    千早 茜 / 実業之日本社

    「ですから、そういうものだからです。理由なんてありません。昔は人智を超える出来事が常だったのですよ。目先の善悪に囚われてはいけません。すぐに出る答えになんか大した価値はないのですよ。答えなんかない方が当たり前なのですから、本当はね」(続きを読む)
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    marie1127さん
    marie1127 さん(2013/12/18 作成)
  • 青年 (新潮文庫)
    とにかく、君、ライフとアアトが別々になっている奴は駄目だよ」  純一は知れ切った事を、仰山らしく云っているものだと思いながら、瀬戸が人にでも引き合わせてくれるのかと、少し躊躇《ちゅうちょ》していたが、瀬戸は誰やら心安い間らしい人を見附けて、座敷のずっと奥の方へずんずん行って、その人と小声で忙《せわ》しそうに話し出したので、純一は上り口に近い群の片端に、座布団を引き寄せて寂しく据わった。  この群では、識《し》らない純一の来たのを、気にもしない様子で、会話を続けている。  話題に上っているのは、今夜演説に来る拊石である。老成らしい一人《いちにん》が云う。あれはとにかく芸術家として成功している。成功といっても一時世間を動かしたという側でいうのではない。文芸史上の意義でいうのである。それに学殖がある。短篇集なんぞの中には、西洋の事を書いて、西洋人が書いたとしきゃ思われないようなのがあると云う。そうすると、さっき声高に話していた男が、こう云う。学問や特別知識は何の価値もない。芸術家として成功しているとは、旨く人形を列《なら》べて、踊らせているような処を言うのではあるまいか。その成功が嫌《いや》だ。纏《まと》まっているのが嫌だ。人形を勝手に踊らせていて、エゴイストらしい自己が物蔭に隠れて、見物の面白がるのを冷笑しているように思われる。それをライフとアアトが別々になっているというのだと云う。こう云っている男は近眼目がねを掛けた痩男《やせおとこ》で、柄にない大きな声を出すのである。傍《そば》から遠慮げに喙《くちばし》を容れた男がある。 「それでも教員を罷《や》めたのなんぞは、生活を芸術に一致させようとしたのではなかろうか」 「分かるもんか」  目金《めがね》の男は一言で排斥した。  今まで黙っている一人の怜悧《れいり》らしい男が、遠慮げな男を顧みて、こう云った。 「しかし教員を罷めただけでも、鴎村なんぞのように、役人をしているのに比べて見ると、余程芸術家らしいかも知れないね」  話題は拊石から鴎村に移った。  純一は拊石の物などは、多少興味を持って読んだことがあるが、鴎村の物では、アンデルセンの飜訳《ほんやく》だけを見て、こんなつまらない作を、よくも暇潰《ひまつぶ》しに訳したものだと思ったきり、この人に対して何の興味をも持っていないから、会話に耳を傾けないで、独りで勝手な事を思っていた。  会話はいよいよ栄《さか》えて、笑声《わらいごえ》が雑《まじ》って来る。 「厭味だと云われるのが気になると見えて、自分で厭味だと書いて、その書いたのを厭味だと云われているなんぞは、随分みじめだね」と、怜悧らしい男が云って、外の人と一しょになって笑ったのだけが、偶然純一の耳に止まった。  (続きを読む)
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    Majorさん
    Major さん(2012/11/11 作成)
  • 対岸の彼女 (文春文庫)
    「あたし明日お金作ってくるよ」  無表情で言った。葵はナナコが何を言っているのかまるでわからなかった。 「は? どうやって?」数秒後、ようやく葵は言った。 「だから、一番かんたんな方法でお金を稼ぐって言ってるの。あのね、言わなかったけどあたし知ってるの。ひとりでバイト捜しにいったとき、男の人が女の子に声かけるようなところ、見つけたの。あたしも声かけられたし。あたし、そういうの全然平気だから、もし本当にお金が」 「だってナナコ処女でしょ」ナナコを遮って葵は言い、言ってから、なんて馬鹿みたいなことを言っているのだろうと、自分にあきれかえる。 「ねえ、前も言ったけど、あたし、大切じゃないものって本当にどうでもいいの。本当に大切なものは一個か二個で、あとはどうでもよくって、こわくもないし、つらくもないの」  ナナコは葵の目を見据えて、ひどく静かな声でそう言った。やめてよそんな馬鹿みたいなこと、と言おうとして、けれど葵は何も言えずにナナコを見つめかえす。本気なんだろうと葵は思った。この女の子は本当に、躊躇も不安もなく、街角に立って声をかけてきた見知らぬ男についていくのだろう。それでなんにも傷つかないのだろう。何もかもその深い空洞に吸いこまれてしまうのだろう。  あのとき帰りたくないとナナコはどうして言ったんだろうと、目を合わせたまま葵は考える。いじめられることがつらいんだと思っていた。あの、打ちすてられたような家が嫌いなんだろうと思っていた。未来のなさが、選択のなさが息苦しいんだろうと思っていた。けれど、そんなことはこの女の子にとってすべてどうでもいいことだったんじゃないかと、今思う。だとしたらいったいなぜ、帰りたくないと泣いたのか。帰りたくないその理由はなんだったのか。  すっと背中が冷たくなった。断崖絶壁に立って足元を見下ろしているような気がした。(続きを読む)
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    itokoさん
    itoko さん(2012/10/31 作成)
  • 街道をゆく〈36〉本所深川散歩・神田界隈 (朝日文芸文庫)
    p.18-19.  本所深川は、本来、下総国であり、武蔵国である江戸とは隅田川をへだてて、別地域になっていた。  本所深川が大江戸の市域に入るのは、寛文元年(一六六一)両国橋が架けられてからだという。  その後、つぎつぎに橋が架けられ、本所深川は江戸と一つ地域になった。 <中略> p.62.  さきに本所は下総国だったといったが、橋が武蔵(江戸)と下総の両国をつないでいるところから、しゃれて両国橋と通称されるようになり、やがてそれが正称になった。 (司馬遼太郎「本所深川散歩・神田界隈街道をゆく36」より)(続きを読む)
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    tymさん
    tym さん(2014/04/30 作成)
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