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『人文・思想』関連の引用(抜き書き)読書ノートリスト

引用(抜き書き)『人文・思想』関連の読書ノートリスト

  • 全 163 件中 141 〜 150 件の引用ノートを表示
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  • 私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)
     私たちは、たった一つのコミュニティに拘束されることを不自由に感じる。(P171)  今日、コミュニティの問題で重要なのは、複数のコミュニティへの多重参加である。それを可能とするためには分人という単位を導入するしかない。(P172)    まったく矛盾するコミュニティに参加することこそが、今日では重要なのだ。(P172)  私たちにの内部の分人には、融合の可能性がある。(P173)  (続きを読む
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    kasutaさん
    kasuta さん(2013/04/24 作成)
  • 思考は現実化する―アクション・マニュアル、索引つき
    ・成功するために必要なエネルギーの入手法 1 無限の知性 2 蓄積された経験 3 調査と研究 (続きを読む
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    yo-koさん
    yo-ko さん(2014/07/09 作成)
  • 王様の速読術

    王様の速読術 の引用ノート

    斉藤 英治 / ダイヤモンド社

    ☆この本と付き合う時間は30分と決める ☆王様の速読術では、30分の速読時間を三段階に分けて考える。 ・第一段階では、プレビューを5分間行う。 ・第二段階では、5分間で全ページを写真読みしていく。 ・第三段階では、残りの20分を使ってスキミング法で読んでいく。 ☆プレビューの5分間 ・厚さ ・文字の大きさ ・図版や写真(イラスト、マンガ) ・章立て ・表紙(タイトル、著者名、サブタイトル) ・カバー(折り返し部分の簡単な著者紹介や本文からの抜粋、本についての紹介、文庫本はあらすじ、どんな作品なのか、新書は目次の一部や類書の紹介) ・帯(キャッチコピー、著名な人の推薦の言葉、読者からの賞賛の声) ・目次(大項目(部、章)、中小の項目) ※まえがきや序、献辞などがあってからの時もある ・見出し ☆必要そうなページを発見したら付箋を貼るとか、角を折るなどして印をつけておくのもいい。 ※ただ手間のかかることはしない。 ☆本の構造を理解する ・「まえがき」や「あとがき」や「解説」 ・著者が書いている場合もあれば、別の人が書いている場合もある。 ・凝縮、願望、告白、経緯、別の本との関連、協力してくれた人への謝辞 ・本文は基本的に最初のほうに問題提起がある。 ※タイトルが問題提起しているときは、結論から入る場合もある。 ・回答が導き出された経緯、裏づけるデータ、過去の文献などを使って、論証しようとする。 ☆見開き2秒ですべてのページをチェック ・ひたすら機械的に全ページを平等にとにかく見る。 ※分からなくても気にしない ・とにかく読もうとせずに、見ていくのである。 ・きちんと理解しようとか、なにか意図的に言葉を探すことはしなくていい。 ・大切なのは本から浮かび上がってくるキーワード(見出しなどで強調、繰り返し出てくる)や自身が持っているキーワード(自分でもはっきり意識していなかったものだったりする)の2種類。 ・本から訴えてくるキーワード、見ていて気づいたキーワードが残るはず ☆すぐにでも読んでおくべき部分はどこか。どのあたりに、自分にとって大切そうなことが書かれているだろうか。そもそも、この本をもっとちゃんと読むべきだろうか、それとも、自分にはとりあえずいまは不要な本なのか。そういった判断をこの段階でできるように。 ☆80%の理解を20%の時間で ☆「優良」を狙うのではなく、「最良」を狙う。 ☆スキミングで、重要な2割を読んで、8割を獲得する ・大事なところだけさっとくみ取ること。 ・全体を把握しながら、部分を見る。 ・鳥のように高いところから本を見ていく。そしてキーワードが出てくるところ、「ここは大切だぞ」と思ったら、速度を落としてきちんと読む。 ・印をつけていた場合は、まずそこをじっくり読んでみる。 (続きを読む
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    yo-koさん
    yo-ko さん(2014/08/15 作成)
  • サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ (中公新書)
    【第二講 悲しいのはどうしてか?】 自己に対する内的な知識はきわめて不完全である。それは無意識的な推論によって補われているものであり,極言すれば自分とはもうひとりの他人であるにすぎない。 情動二要因理論。 私たちは悲しいからなくのか,泣くから悲しいのか。 ジェームズ-ランゲ説:泣くから悲しいのだと主張する立場。「情動の末梢説」。 教示や演技など別の理由で表情を作った場合ですら,主観的に経験される情動は,予想外に大きく作られた方向に引きずられる。 情動経験は感覚刺激に依存する。しかしまた顔筋の変化=表情と情動経験の間には連合-相関関係があり,この関係は表情の変化が教示や演技による場合にも変わらない。つまり感覚刺激なしに教示や演技によって表情を作った場合ですら,このような強い連合関係のために,情動の経験が想い起こされてしまう。 ジェームズ主義では,表情を作ることがむしろ先立ち,それによって逆に主観的経験としての情動が形成されるという筋道。 との説も,日常感覚的には承認しがたい時間的生起順序・因果関係している。つまりこれらの説では,身体の生理的変化が先で,次にこれが原因で情動が生じるというのだ。しかし私たちの日常的経験は,これとは逆のように思える。 時間的生起順序・因果関係を承認しにくいのは,これらの理論が,本人も自覚的にアクセスできない意識化の過程の存在を示唆しているから。「身体的過程→潜在的認知過程→自覚的情動経験」という関係が重要。 情動二要因理論の大前提=情動による生理的喚起=興奮状態は,情動の種類(喜び,怒り,悲しみなど)にかかわらず共通である。 情動二要因理論では,情動経験について二段階のシナリオを考える。このふたつが満たされてはじめて情動認知が成立する。 1. 生理的な喚起(興奮)状態の認知。 2. 情動ラベルづけ(喚起状態の推定,あるいは原因への帰属)。 人は自分の主観的な情動の経験を「決定する」ために,①自分の内的状態と,②その状態が生じている環境とを評価する。 つり橋に対する恐怖からの緊張と性的興奮との間には,生理的には曖昧な区別しかない。そこで状況の認知(美人に声をかけられた)から,興奮状態を作り出した原因を「謝って」そこ(魅力的な異性との出会い)に帰してしまう。この帰すること=帰属によって,性的興奮度や,初めて出会った異性に対する関心の度合いがいっそう高まったものと想像される。 実際の生理的興奮が起こっていなくても,「自分は今生理的に興奮している」という認知さえあれば,常道のラベルづけをおこない,情動認知が起こりうる。生理的興奮そのものが情動経験のための必要条件なのではなく,生理的興奮の自己認知が必要条件。 興奮条件ではむしろよく眠れたのに,リラックス条件ではなかなか眠りにつけない。 就寝時に強く自覚される生理的興奮を100パーセント薬のせいにできる。そのため生理的興奮の情動へのラベルづけが起こりにくく,情動認知が低くなる結果,不眠症状が軽くなるのではないかと考えられる。これに対してリラックス条件では,「鎮静剤を飲んだのに」依然として興奮を自覚するので,それをいつもより高く推測し,ふだんより強い情動認知をする。その結果,不眠はむしろひどくなってしまう。 本人が自覚できず,したがって申し立てることもできないが,行動には反映されているような,無意識的な認知過程。そういうプロセスの存在を示している。 情動二要因論の骨子: 1.生理的興奮そのものは情動の種類に関わらず,案外類似している。 2.感情のように一見生理学的要因に直結しているように見えるものでさえ,案外無意識的な認知過程(たとえばラベルづけ)の結果である一面が大きい。 3.行動に顕れる無自覚の認知過程と,言語報告に現れる無意識的な過程とは別物である可能性がある。人は自分の気持ち・行動のほんとうの理由を案外知らない。そこではたらく過程は非生理的できわめて認知的でありながら,それでいて意識的・自覚的ではない。意識的過程は結局,意識的過程をしか(直接的には)知り得ない。 (続きを読む
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    masudakotaroさん
    masudakotaro さん(2013/08/10 作成)
  • サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ (中公新書)
    【第三講 もうひとりの私】 「二十の扉」ゲーム:出題者があらかじめ思い定めた事物の名を,二十までの質問に対する「イエス/ノー」の答えが推定できるゲーム。平均二十個の質問によって,大体一個の事物が特定できる。 右眼が左半球に,左眼が右半球に投射するのではなくて,右視野が左半球に,左視野が右半球に投射する。 「分離脳」 言語に関連する機能は,大多数(90パーセント以上)の人々では左半球に集中していることが知られている。 分離脳の患者の右視野に事物の絵や単語を呈示したり,あるいは右手で対象に触らせたりして,左半球だけに情報を入力してあげると,左半球はその刺激を極めて雄弁に記述できる。 これに対して,情報の入力が左手を通して右半球だけに限定されている場合には,患者はそのような反応を示すことができない。 いわゆる言語中枢を持たないはずの右半球系が,単語を「読み」,「理解し」,その対象を同定できたことは,それ自体驚くべき発見だった。 右半球系は視覚情報に基づいて触覚的同定課題を遂行することができるが,その課題遂行を自覚的にモニターし,言語報告することができない。他方左半球系はその(左手の)ふるまいを見て,何が起こっているかを推測する。 右半球の高度に知的なふるまいを左半球は直接知ることはできず,絶えず推測しつつ,しかし推測しているということには気づかずに,事実として認知し記述しているらしい。 左半球の言語系は,右半球の認知系による行動を「外的に」観察し,その知識に基づいて現実を解釈するらしい。 人の心とは,完全には統合されていない多元的なシステム。つまり,心とはひとつの心理学的実態ではなくて,いくつかのサブシステムからなる社会学的な実態。 人は自分の気分(ムード)の起源をつねに正確に自覚しているとはかぎらない。 言語システムは,当人の実際の行動・認知・内的興奮やムードなどを常時観察し,モニターしている。そして,とぼしい内的手がかりをおぎなうために,ニスベットとウィルソンのいう「暗黙の因果理論」に基づいて,解釈をほどこす。 他人の行動と周囲の環境とを観察して,その当人の心の中身を推察するという作業を,私たちはそれと気づかずに常時おこないながら暮らしている。左半球言語系と右半球との関係も,どうやらそれに近い。 両半球はふたりの隣人のようにふるまう。 分離脳の知見は,健常者の心的過程について,ふたつの点を示唆する。 1.健常者の量半球間でも,内側の神経コミュニケーションのほかに,自らの行動を通して外的コミュニケーションがおこなわれている可能性がある。 2.左右両半球という分け方以外にもこうした「多元的メンタル・システム」の区分があって,そのうちの少なくともひとつが無自覚的・潜在的であり,自覚的・顕在的システムとの間で,ゆるい観察的・外的コミュニケーションしか持たないという可能性がある。 人は,自分の認知過程について,自分の行動から無自覚的に推測する存在である。 (続きを読む
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    masudakotaroさん
    masudakotaro さん(2013/08/10 作成)
  • 未来の法―新たなる地球世紀へ (OR books)
    P65 「失敗した」ということは、「挑戦した」ということです。 そこから何を学ぶかということが大事です。 (続きを読む
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    matsuoDXさん
    matsuoDX さん(2014/11/18 作成)
  • サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ (中公新書)
     無自覚的故意性が何らかのかたちで立証された場合にはどうだろうか。自覚的な場合と同じ罪にすべきか,あるいは無自覚的にも故意性が存在しない場合と,同じ処理をするべきか。  責任の概念 1. 自由意思論に基づく古典主義:自由意思はすべての人間が持っている。そう考えて古典主義は行為者を捨象し,行為を前面に押し出す。自由主義に基づく罪刑法定主義であり,犯罪と刑罰との均衡を求める考え方。 2. 機械的決定論に基づく近代主義:罰せられるべきは行為ではなく,社会的危険性を持つ犯人自身であるとして,個々の犯罪人を対象にする。犯罪を個人の資質と社会環境との交互作用の必然的結果と見るため,行為者の自由意思を否定するか,あるいは自由意思の問題は刑法上直接の意味はないとする決定論の立場をとる。  行為能力の前提には,意思能力(=自分の行為の結果を判断する能力)が必要とされる。  自覚能力の欠如,すなわち自己の行為を客観的に記述し,規範に照らして評価する能力(=自覚的過程)の有無が問題とされる。  人を普通に拳銃で殺せば間違いなく重い罪に問われるが,十人以上連続的に殺して,その死体とセックスするか,食べるか,それとも皮を剥いで飾るか,とにかくできるだけ残虐で常軌を逸した行動をとればとるほど,無罪を勝ち取るチャンスも広がる。  「本人に選択の余地がなかったのなら,本人の責任ではない」「環境と本人の持って生まれた資質が問題を起こした」という論理。 (続きを読む
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    masudakotaroさん
    masudakotaro さん(2013/08/10 作成)
  • 翻訳がつくる日本語―ヒロインは「女ことば」を話し続ける
    【1】 1957年に邦訳された『風と共に去りぬ』から,1999年の『ハリー・ポッターと賢者の石』,そして2006年に新訳された『カラマーゾフの兄弟』まで,実に長期間,ヒロインのことばは,その人物の年齢や言語,作品の背景に関わりなく,女らしい女ことばに翻訳されてきたのである。 私は彼女の写真を見た瞬間に,「この人の発言は女ことばに訳されるはずだ」と直感した。清楚な白人美人が真っ赤なドレスを着て微笑んでいたからである。 案の定,彼女の発言には,「ジャズ歌手とし呼ばれるのは間違いではないけれど,シンガー・ソングライターの方がより正確かしら」と「かしら」が使われている。ここでは,日本ではほとんど使われない「かしら」を,アメリカの26歳の女性に使わせている。 (アンジェリーナ・ジョリーのインタビュー記事)主演した映画『チェンジリング』について聞かれ,パートナーの俳優ブラッド・ぴっどの感想を述べたことばは,「映画を見たブラッドが『お母さんに似てるね』と言ってくれたのはうれしかったわ」。次の作品が終わったら休暇をとって育児に専念するという発言は,「ママ業に転職よ」と,「わ」「よ」をともなった女ことばに翻訳されている。 この記事の見出しは,「ビーナス?やっつけてあげるわ!」だ。日本で「あげるわ!」と言う14歳の少女などいるだろうか。 日本人女性は,このような女ことばを実際に使っているのだろうか。日本人女性の会話を分析した研究によると,このような女ことばはほとんど使われていないようだ。 2004,2005年に行われた首都圏の20代から40代までの女性の会話を対象にした調査によると,「わ,だわ,わよ,わね,かしら,体言+ね,体言+よ」などの,いわゆる女らしい文末詞は,40代以上には残存しているものの,40代前半から30代末にかけて徐々に死後になりつつあり,20代ではほぼ消滅している。 【2】 日本人の男子高校生で「やあ○○。ぼくは〜さ」などと話している人などいるだろうか。 若い男性同士の親しい会話を「やあ,さ,かい,だい」に翻訳する傾向は,数多くの英会話のテキストにも見られる。 「やあ,ぼく,さ,かい,だい」が,男性の気軽な親しさを演出していることは,使われる人物の職業にも現れている。もっとも頻繁に見られるのは,男性スポーツ選手の発言である。 「やあ,さ,かい,だい」に代表されるような言葉づかいを,「おれ,おまえ,ぜ,ぞ」に代表される従来の「男ことば」と区別して「翻訳版・気さくな男ことば」と呼ぶ。「翻訳版・気さくな男ことば」は,これまで例に挙げたような職業の男性の翻訳を通して,気軽な親しさ,気楽さを持った<男らしさ>と結びついている。 【3】 (『風と共に去りぬ』)白人女性の発言は女ことば,白人男性の発言は標準語に訳され,黒人は男女とも変わった言葉づかいに訳されているのである。 ヒラモトによれば,それ以上に重要なのは,黒人奴隷の話し方がきちんとした東北弁なのではなく,「擬似東北弁」とでも呼べるものに翻訳されているという点である。 ロングと朝日は,東北弁には「無教養の田舎者が話すことば」というイメージが与えられており,これが原作の登場人物のイメージに合致するために,東北弁が用いられると考えた。 しかし,「方言のステレオタイプ」による説明だけでは,翻訳に使われる方言の最も大きな特徴を説明することができない。それは,翻訳に使われる多くの方言は,その方言の話し手が実際に用いている形ではなく,先ほど「擬似東北弁」と名付けたように,中途半端に方言の特徴を取り入れているだけだという事実である。 【4】 アイデンティティを言語行為の原因ではなく結果と捉える考え方である。このように,アイデンティティを,言語行為を通して私たちが作りつづけるものだとみなす考え方を「構築主義」と呼ぶ。私たちは,予め備わっている<日本人・男・中年>という属性に基づいてことばを選択するのではなく,特定の言葉づかいをする行為によって自分のアイデンティティを作り上げていると考える。 (続きを読む
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    masudakotaroさん
    masudakotaro さん(2014/12/23 作成)
  • 現在知vol.1 郊外 その危機と再生 (NHKブックス別巻)
    現代の問題に気鋭の知が迫る「現在知」第1号。 「郊外に一戸建て住宅を持つ」そんな団塊世代のライフスタイルは終わりを迎えた。戦後的システムの制度疲労が集中する場所「郊外」を、座談と論考で多角的に解析。困難な問題を抱える郊外の再生を構想し、日本社会の未来を探る。新雅史、上野千鶴子、速水健朗、水無田気流、馬場正尊ほか。(続きを読む
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    klabさん
    klab さん(2015/07/14 作成)
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